無礼な鳥

天気がいい日は、よく空を見ながら歩きます。見上げれば、無機質な電線に鳥たちがとまり、かわいくさえずりしています。
家族が乗れるように、MRワゴンを買ったのですが、
朝はワゴンの周りで猫が集会をしています。猫の集会に、鳥たちのさえずり。すごく楽しそうです。

昔、秀吉が門をくぐるときに利休の木像が上にあって、足の下をくぐらせるのかと激怒した、と聞いたことがあります。それが理由で利休が自害したとかしないとか。本当のところは定かではありませんが、それを聞いてからというもの、電線にとまってる鳥たちを見あげて足の裏をみるたびに、「これは失礼ではないか?無礼者ではないか?」と頭をよぎります。

・・・というか、そんなことにいちいちイチャモンつけてたらやってられないし、秀吉はどこまで細かい性格だったのか気になります。

その失礼な(私の個人的見解)鳥たち、足の下を通らせて、しかもたまに糞も落としてきますが、そんな無礼者でありながら、見方を変えれば、腹のうちを見せてるようにも見えます。

足の裏というのは、ある意味とても汚い体の部位です。汚いところは誰だって見せたくないものです。散らかった部屋とか、片付けてないキッチンとか、引き締まってないウエストとか・・・。そういう弱味というか、個人的な意見ですが私はさらけ出すのは嫌です。だから、足の下、をくぐらせるというのは、私にとっては手の内全部打ち明けてるようなもんです。

と考えると、鳥、すごいな。すごいじゃん。尊敬します。恥ずかしくないのかしら。隠したくないのかしら。隠し事ないのかしら。

私は隠し事いっぱいです。同僚に、散らかった私の部屋なんて見せたくないし、きれい好きだと思われたいし、女性らしく思われたいし、「女性らしい」イメージの女性になりたい。いい意味で。身内と激しい口げんかしてるところとか、機嫌がものすごく悪いときなんか見られたくない。

そう考えると、鳥でいっつも外にいて誰かの目にさらされていて、すごいなぁと思うのでした。

友達からのうれしい報告

友達から嬉しい報告がありました。
友人が参加している、ボランティアの活動資金を集めるためのフリマが
大好評で終了した、というのです。

友達の参加しているボランティアは、
昨年の震災後の復興のため、色々な救援活動をしている団体です。
私がそのボランティアの活動を見て、思わずグッと涙ぐんでしまったのは、
その団体は「ボランティア」という言い方をしない事です。
友達が困っている時に手を差し伸べるのに、
ボランティアという言葉は使わない、という考えからきているそうです。
会ったこともない方たちですがその考えに、
理由抜きの人としての在り方をそのまま示されたような気がしました。

私と友達は小学校の頃に同じクラスで、昨年の夏ごろに再会しました。
友達は運動も勉強も出来て、とても正直な人だったのを憶えていました。
再会した後、友達の日記を見て、
そのボランティア団体に共感し、活動にも参加しているのを知りました。
会わなかった長い時間がありましたが、
友達は友達らしく、真っ直ぐに自分の道を歩んで来たんだな、と感じました。
秋頃に、一度目のボランティアの活動資金のためのフリーマーケットをやるということと、
募集している品について友達が日記に書き、
私も僅かながらに自宅にあったものを提供させてもらいました。

ボランティアの活動は一年目を迎え、一区切りをつけるそうです。
その最後の活動のためのフリーマーケットを二月に行うというので、
今回もまた少しばかりですが、友達のところへ持って行き、お願いして来ました。
もし残ってしまった品があった場合は、他へまわすので戻してほしい、
というふうに伝えましたが、全て売れたそうです。
友達自身は、本当に売り物と変わらないような手作りの品物を
忙しい中で制作し出品したそうです。

友達は仕事がお休みの日にはバスに乗り、
ボランティアの活動に参加し、それから戻って翌日また仕事に行くこともあったようです。

環境のことや平和のことにも関心があり、そうした情報も毎日きちんと見ているようです。
友達の子どもの頃から変わらない真っ直ぐさ、誠実さ、志の高さ、
そうしたものに、久しぶりに尊敬できる人に出会えた、という気がしました。